prologue
「ねえ姉さん。どうして海って青いの?」
視界を埋め尽くす水を、少年はちいさな手のひらにすくい上げて舐めた。
しょっぱい、と笑いながら舌を出す。
その無邪気な行動をおっとりと眺めていたマリィは、その白魚のような指で天を示す。華やぐような微笑を浮かべて。
「それはねオリン、空の色が海に映っているの。 そうねぇ……映画のスクリーンみたいな感じ、かな?」
「じゃあ僕らは空を泳いでるってこと?」
オリンは目をキラキラと輝かせる。少年は空を抱くように、両手を目いっぱい広げた。
「どこだって行けるね!」
「そうよ、どこへだって行けるの」
二人は幸せそうに笑いあう。
地上のように、さえぎる山もなく谷もなく、誰に憚ることもない。
どこまでも続く母なる海を、鳥のように自由に―――
さあ、どこへでもいこう。
それは他愛ない日常だった。今は失って久しい、どうしてもオリンの取り戻したいものなのだ。
慣れない足の痛みだって耐えよう。慣れない空気だって我慢しなければ。
少年は顔をあげる。
…あの時、姉のひとみに映っていた蒼色は、今でも鮮やかにこの胸に。