望まないカーテンコール







朝、二人から電話があった。無事に事態を解決したらしい。

四条院 紫月は得意げに微笑み、近畿リーダーの携帯へかける。
準備中、の札がかかった引き戸を開け、呼びだし音を耳に大阪の方角を眺める。今日中に彼らは帰ってくるだろう。土産と土産話が楽しみだ。
電話のコール音が5回鳴ったころ、店のカウンターから声がかかって紫月は振りかえる。
携帯の相手はまだ出ない。
「どうしたの桜見」
「………二人は?」
カウンターで食器を磨いていた男は、葉唯と霞の帰りがいつになるのかと聞いているのだ。
そういえば満足感のあまり、男に伝えるのをうっかり忘れていた。
「今日にはこっちに帰ってくるってさ」
「………そうか」
一つ頷いて、男は作業に戻る。鉄面皮に隠れて分からないが、バイト二人の帰還を喜んでいるらしい。
かわいいなぁ、と紫月は目を細める。そんなことを思われているとは知らず、男は黙々とグラスを磨いていく。

滅多に1単語以上しゃべらない、寡黙にすぎるこの男は、葉唯たちの働く居酒屋のマスターである。
名前は、高足 桜見(こうたり おうみ)。外見から判断するに30代後半といったところか。
鉄面皮に加えて無口、さらに片目は黒い眼帯に覆われているため、なにを考えているのかわかりにくい………のだが、むしろそこがいいと奥さん方には好評だ。

「…あ、出た。もー、コール音20回は鳴ったよ絶対」
やっと携帯がつながった紫月は、雲ひとつない空を見上げる。うん、今日もいい天気だ。
「はいはい、わかったよ、謝るのはもういいから。 ん?……そうそう、うちの子たちが頑張ったんだよ。 うん、ああ、それで例の件だけど…………」


ピ、と携帯を切って店内に戻ると、それを待っていた桜見が紫月を呼びよせる。
「………大阪に」
「ああ、何のために二人を行かせたかって?」
紫月は童女のように無邪気に笑っておいて、
「隠居生活のためにその一、なんだよ」
言っていることはおじいちゃんだった。桜見はなにも言わず、ただ静かに紫月を見つめる。
「今までもいろいろやって貰ってたでしょ?今回のもその一環。 これからもどんどん、二人には走り回ってもらうよ」
「………拒否する」
「うん、嫌がるかもねぇ、あの二人は。でも私がもう決めたんだ」
紫月はカウンターにひじを置き、あごを乗せて微笑む。ただそれだけで、外見にそぐわぬ妖艶さが血色のヒトミに満ちていく。
思い出せないほど遠い昔に出会ったころから、紫月は変わらない。時に王者のように、あるいは隠者のように、慈母のように、娼婦のように、紫月は桜見に微笑むのだ。

「いっしょに隠居して落ち着こうよ」
「……………」
どのみちそう長く、我らは一つところには留まれない。いつかこの居酒屋も閉めなければいけないのだ。

カツン。
ピカピカになった薄紫のグラスを二つ、桜見が無言でカウンターに置く。
寄り添うように置かれたそれは、男の静かな意思表示だと紫月は悟る。つまり、同意してくれたのだ。
「あ、仕事前の景気づけだねぇ」
「………ああ」
紫月は嬉しそうに、戸棚からワインを取り出す。
そこそこ高級なこのワインは、そそぐと鮮血のような色合いになる。お前の瞳の色に良く似ている……そのようなことを言って桜見が買ってきてから、紫月の一番のお気に入りである。あの時の照れた桜見もかわいかった。
思い出し笑いをする紫月に、桜見がわずかに首をかしげた。



若いものに負担をかけるのは申し訳ないが―――――………

この紫月がもう、決めたことなのだ。





「私は極東の魔王、四条院 紫月。 

 継いでもらうよ、 葉唯ちゃん」


















あとがき

第一話「空泳ぐ魚と戯れを」終了です。
拙い文章にここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

第一話とはいえ、一つの物語を小説として完成させたのは、ほぼ初めてです。いかがでしたでしょうか。
見事に作者の趣味を反映しまくった話に仕上がっていて、見直す作業のあいだ頭が痛かったです。女性が一人しか出ていませんね……(笑)
一応私は、大阪生まれの大阪育ちなんですが、方言はいざ文章にするとなると難しいものなんですね。イントネーションが反映されないからでしょうか。

よろしければウェブ拍手より、小説の感想をお聞かせ下さい。



公開がいつになるかはわかりませんが、第二話は今回より短めになる予定です。
次回は舞台を移して学校へ。中途半端な時期の転入生として、紫月に通わせられる二人の受難物語(仮)です。


ではでは、第二話「道化師の憂鬱」、次回もお付き合いいただければ幸いです。








back          next