epilogue






律盟とは、正式名称を『血の連なりを律する同盟』といい、簡単に説明すれば、妖怪たちの関係するトラブルを調停する組織である。
人々に妖怪の存在が知られることのないように、また妖怪たちが理不尽な扱いを受けないように。
司法機関的な面もあり、裏の世界のルールとなっている組織でもある。

しかしその構成メンバーはほぼ人間という、大きな問題を抱える。
このことが時に弊害となり、それこそが葉唯と霞が律盟を忌避する原因である。

まあ昔、いろいろと、いろいろと、あったのだ。





「ありがとうございました、葉唯さん、霞さん」
「私たち姉弟、そして同族がお世話になりました」
オリンとその姉マリィが頭を下げる。改めて見ると良く似た顔立ちの姉弟だ。いいっていいってと笑いながら、霞が二人にお茶を出す。
人魚姫とのご対面に、霞は頬をほころばせる。一度は海に逃れた姉弟は、わざわざホテルまで礼をしに戻ってきてくれたのだ。

残党を片付けたり、一歩遅れて乗り込んできた”律盟”の皆さんにいろいろ押しつけたり、事情聴取しようとする彼らから全速力で逃走したり……。そんな事をしていたら、朝といえる時間になってしまった。このホテルからも、もうすぐチェックアウトしなければならない。
「ま、俺らもストレス解消になったし。な、はゆ」
「カスミ、目のしたに隈が」
「………面倒な処理は律盟に押し付けてきたし。な、はゆ」
「カスミ、律盟から出頭しろって電話が来」
「だあぁぁぁっ おまえは人の気づかいをーー!」
マリィがおかしくてたまらないと、穏やかに微笑する。
「仲がいいんですねぇ」
「……………」
「……………」
黙りこくる二人。何で固まったんだろうとオリンは笑顔のまま首をかしげた。
「ま、まあとにかく、これで一連の事件はぜんぶ解決したから」
二人には、霞が適当にはしょった顛末を教えてある。真実すべてを知る必要はないだろう。
ちなみにあのウロコの持ち主は、売られたさきで保護されたらしい。それを聞いたオリンは、無事を喜びつつも、痛ましそうに胸を押さえていた。

律盟は妖怪にも人間にも等しく厳しい。二度とあの悪質な犯人たちが、シャバに出てくることはないはずだ。
あそこは裁きの面だけは信用できる。
別の面で忌々しいことには変わりないが。

「あの、お二人は東京に帰っちゃうんですか?」
「そうだなあ、もう今日には発つよ」
「……そ、そうなんですか………」
「東京には東京湾がある」
何気なく言った葉唯に、オリンは一瞬呆けて………嬉しさで頬が赤くなる。遊びに行ってもいいってことだ。
なにも東京湾でなくても、水があるとこるに出現できるのだが………水質のキレイでないところを勧めるあたり、葉唯は微妙にひねくれている。まあ、彼らしい遠回りな照れ隠しなのだろう。

囮にした引け目もあることだし。

「あっ、そうだ!じゃあ最後に、姉の人魚姿をご覧になりませんか?すっごくすっごくキレイなんですよ」
「ええっ、いいのか?えっと、マリィさん、構いませんか?」
「ふふ、もう、この子は褒めすぎなんですよ。霞さんのご期待にそえるかは分かりませんけど……」
マリィがまろやかに微笑んで、手をポンっと合わせる。
「私なんかでよろしければ、是非」
今日のマリィは、ちゃんとした女の子の格好をしている。こうした服装だとガラリと雰囲気が変わり、まさしく人魚のイメージそのままの、物語から抜け出たような美しい容姿である。しばらく仕事は休んで、オリンと海で静養するらしい。
喜ぶ霞を見て、葉唯は心の中で合掌する。
「知らぬが仏というやつだな」
「? なんか言ったか?」
「いや、言わぬが花だ」
このあと起きる惨事をおもって、含み笑う葉唯。
意味が分からす、霞はハテナマークを大量に浮かべた。




風呂場からでも海に帰れるのだが、それはあまりにロマンがない。

という訳で、大阪市近郊のあるひっそりとした湖に、4人はやってきた。海だと人目につく恐れがあるためだ。
早朝の静かな空気は清涼で、今が夏だと信じれないほど。
湖の柵を越え、姉弟が手をつないで水に入っていく光景は、なんだか入水自殺っぽいと霞は内心思った。
誰かに見られれば大騒ぎになりそうだ。辺りに人影はないか、霞はつい見回してしまう。

まあ確かに誰もが目を疑うだろう。水辺に集う4人ともが、幻想的なまでに美形ぞろいで、妖精の集会のようであったのだ。


「それでは変化を解きますね」
「姉さんいっしょに、せーのでやろう」
霞はわくわくと目の前に集中していて、相棒の様子に気づかなかった。口元を押さえて葉唯は笑いをこらえている。

オリンとマリィが、仲良くともに微笑みあって―――――
「「せーのっ」」





…………………………………、



…………………………………………………、




………………………………………………………………………………………………………。





「では、本当にお世話になりました」
マリィが微笑む。微笑んだのだろうたぶん。オリンはその隣で、姉の美しさを誇るようにホクホクした顔をしている。
「お二人が助けてくれたこと、絶対忘れません。いつか遊びに行きますね!」
「ま、達者でな」
葉唯が機嫌よく手を振り、霞のわき腹をエルボーでドつく。霞は、反射でオリンに手をふった。
「二人とも、お元気で〜〜………!………」
手を振りながら二人が遠ざかる。湖の中心に来たとき、彼らの姿は吸い込まれるようにして消えた。
二人がそこにいたことを証明するように、湖面はただ静かに波打つ。

霞のリアクションがよっぽど期待通りだったのか、そこで臨界を越えた葉唯が大爆笑しはじめる。
止まりそうもない笑い声をBGMに、霞は目をゴシゴシこすった。今見たものが目の錯覚でありますように。

「なあ、はゆ」
息も絶え絶えな相棒は応えれない。霞は惰性で口を開く。
「なあ、マリィさんは人魚なんだよな」
「ぶっ……くく………」
葉唯に応える意思はあるらしいが、言葉にならないみたいだ。
「足は綺麗だった」
「く……っそ、そうだな」
「手も指も綺麗だった」
「白魚の、ようだったな」
「あとは全部…魚だったよな」
「白魚のようだったな」

とっても魚人でした。

「なんで!?お、オリンくんふつーの人魚だったろ!?」
「あははははっははhh!! っ、人魚は、そういうもんだっ」
霞は思い出した。葉唯は昔人魚を見たことがあったのだ。
「はゆっ、お前知ってて黙ってたな!?」
「くく、正ー解ー。大当たりだカスミくん」
笑いの余韻を引きずりながら、葉唯は人差し指をピっとたてる。その指先もまだプルプルしている。
「自然界じゃ、メスよりもオスのほうが美しかったりするだろ。それと同じだ。求愛行動とか、孔雀なんてすげーぞ?」
「………、………、………………」
「ちなみに、危険な人狩りは男がするもの。魅了の術が使えるのは男人魚だけだ」
「………………………………」
二人は知らないことだが、マリィは髪を短く切っていたのだ。誘惑するタイプの妖怪ではないのは、明らかだった。
霞はいろんなものに裏切られた気がして、二人の去った方角を見つめる。

ロマンって儚いなって思った、夏の早朝でした。








back          next