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観光客相手の露店がずらりと立ち並ぶ大通りは、絶えることなく人が行き交う。
盛況なのは結構だが、注意しないとすぐ人にぶつかってしまう。
ホテルへの一番の近道とはいえ、道の選択を誤ったな…と、霞はため息をつく。後ろにいまだ葉唯がへばり付いているおかげで、人垣が割れて便利といえば便利かもしれない、と自分に言い聞かせているところだ。
照りつける正午の日差しと、周囲の目線が実に痛い。
いい加減こいつ振り落とせないかなとか思い始めた時、霞はふと意識を引かれ、視線を脇の露店に向けた。
 グキっ!
「ぅご!!?」
同時に足を止めたらしい葉唯が、霞の首にまわしていた腕をそのまま利用してその露店に引きずっていく。
葉唯はとある”事情”でありえないほど剛力だ。その手を振りほどけないことを知っている霞は、無駄と知りつつ抗議してみる。
「はゆ、首、折れっだろ!?」
「はっ、んなヤワなつくりしてないくせに」
「そんな問題じゃねー!」
「だってなあ、お前から離れるとまた灼熱地獄だしな!」
だとしても、他にやり方があるだろうに………。
どうやらカスミにくっついていたおかげで、葉唯は多少回復したらしい。不遜に笑いとばす葉唯に、ちょっと涙目になりながら霞は諦めた。

葉唯はその露店の前にしゃがみ込む。その店の品揃えにはまったくと言っていいほど統一感がなかった。
キラキラ光る金平糖のようなものが入ったガラス瓶に、吸血コウモリのようなあまり表現したくない外見のゴム人形、そして7色に染められた……三葉虫の化石だろうか。
怪しいことこの上ないが、非常識なほどではない。しかし………

ちなみに葉唯は首からは手を離してくれたが、今度は霞の横にピッタリと張りつき、あまつ腕を組んできた。
……まあ、暑いんだろう。
さっきからいっそその筋の人にも見えなくもない店主が、二人を興味深々に見てくる。どういう解釈をされてるか気になるが、聞けるわけもない。
じろじろとした視線は主に隣に向けられていて、霞は微妙な表情を浮かべた。
「んー…」
葉唯が手にとり凝視しているのは一枚の鱗………のようなもの。魚の鱗してはやけに大きく、手のひらより一回り小さいぐらいだった。透き通る水晶のようなそれは、光を当てる角度によって7色に反射する絶妙な美しさ。
霞が最初に目を留めたのも、これである。
「カスミ」
「そう、だな……」
二人して嫌な予感が…と目線だけ合わせる。しかし不穏な空気は表には出さない二人。
見覚えがある――――これは”依頼人の足にあったもの”と同じだ。

人魚の、ウロコ。


「なんや、じょーちゃん。それがお気に入りか?」
店主は葉唯のことを、ボーイッシュな女の子と判断したらしい。
「じょ…………。………、そう、嬢ちゃん、そうそう」
勝手にうなずく霞。男同士で腕を組んでると思われるよりましだろう。
そんな霞の内心を汲んだわけではないだろうが、葉唯はむしろ楽しむように店主に笑顔を向けた。
「ねェねェ、おっちゃん、これってなーに?すごいキレイ。」
(ていうか腕を組んだ時点で、確信犯だったんじゃないかコイツ)
霞が相棒に向けた疑いのまなざしは、店主には伝わらなかったようだ。その笑顔にほだされたのかいかつい男は上機嫌で話す。
「おーよ、そりゃあな、実は…」
店主は声をひそめ、しかし冗談めかして笑った。
「人魚の鱗なんよ、って、信じられへんよなーあ」
「…………」
葉唯の目が不穏な光を宿す。それは、見慣れた霞だからこそ気づけた変化で、鈍い男は気づかない。
「いやでもな、本モンにしろ、偽モンにしろ、メチャメチャ綺麗やろ?まあちっと値は張るが………」
男の話を右から左に流して、葉唯と霞は、鱗に目を落とす。
(カスミ、もうじっくり見んと分からんほど弱いが……”気配”がする、これ)
(……みたいだなぁ)
商売トークにひたっている露天商は二人の様子にも頓着せず、さらにダメ押しとばかりに囁いた。
「……これ一枚をな、削って煎じて少しづつ飲めば、ずっと若さを保てるんよ。どうや、にいちゃん?彼女に買ってやれや」
最後の言葉は霞に向かって言ったのだろう。彼女じゃないっつーに。
(中途半端に正しい知識だな。削るためにはもう一枚必要だってのに)
葉唯の低い声の呟き。ピッタリと寄り添っているのは、内緒話をするためでもあったのだ。
ウロコの硬度はダイヤをわずかに凌ぐ。鱗を研磨できるのは鱗だけで、この一枚では加工することは不可能なのだ。
(……どうするはゆ。この鱗を依頼人に見せるか?)
(このウロコがズバリそのものか…確認してもらう必要が、あるな)
話はそれからだ。

「ねー、おっちゃん、これってどっから手に入れたの?」
「んん?さあなあ………えらいたらい回しにされてるみたいやしなぁ、もうどっから誰が仕入れたんかは分からへんよ」
(………どうも嘘じゃないようだが)
葉唯が囁く。
霞は葉唯の観察眼を信頼している。相棒が嘘はないと判断したなら、この店主は本当に知らないのだろう。

そして葉唯は店主にとろけるような笑みを向ける。
(てわけでとりあえず、依頼人のためにその1。値切り交渉開始だな)
葉唯は鱗を格安で手に入れるべく柔らかな笑顔の下、その目を挑戦的なそれに摩り替える。

今日の苦労が報われたようでなにより。霞は生き生きと値切る相棒をまったりと見守った。









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