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そういう訳で、妖怪たちの問題解決こそが、葉唯たちの仕事である。
「よっし、それじゃーやって見ますか」
カップのタワーをゴミ箱にぶっこんで、霞がポキポキ指を鳴らせる。
いけそうか?とたずねる葉唯に、ちょっとキツイかもなと渋い顔で返す。いまからやる事は、葉唯よりはマシというだけで、霞が得意な訳ではない。
「このウロコが持ち主から剥がされてから、時間が経ってるからなあ…。成功率は五分五分ってとこだろ。ウィアなら100%なんだろうけど」
「……ふむ、まあいい任せた。坊主、そのウロコをカスミに」
「あ、はい」
坊主という呼び方にちょっと不満はあったのだが、彼との年齢差を考えると仕方ないのかもしれない。
どうするんだろうと思いつつ、握り締めていたウロコを返す。
「さて…、ちょっと寒くなるけど我慢してくれな」
言うが早いか、急激に室内の温度が下がりはじめた。体感温度にして10度ぐらいだろうか。
霞が右手にウロコを持ち、左手をガラス張りのテーブルにあてた―――途端。
「わあ…………」
思わずオリンは呟きを漏らす。
ウロコが、ガラスが、白銀の輝きに包まれていく。淡くきらめくオーロラがテーブルの端まで広がった。
「二つとも凍り付いちゃいましたね………、あれ?」
キラキラとした光が次第に揺らめき、氷のテーブルの上に何かの絵を描く。しかしそれは曇りガラスの向こうのように、はっきりとした像は結ばない。
「うーん、もーちょい待ってくれ」
霞は難しい顔で、遠いどこかを探るように目を細める。彼の眉間が寄るたびに、画像のノイズが取り除かれるようだった。
「これって……?」
「ああ、ウロコに残った記憶を映し出しているとこだ」
「ふわー、……あっ、葉唯さん!今……いま、いっぱい人魚が映りましたよね!?」
それは古いビデオを再生しているみたいだった。途切れ途切れに浮かび上がるシーンを、葉唯は残らず記憶していく。
霞が次第に顔をしかめていく。
「く……もう無理もう限界………!」
「ん、ご苦労ご苦労」
葉唯がしっしっと手を振ると、霞は即座に手をつくえから離す。今まで見ていたものが嘘だったかのように、テーブルはもとの姿に戻っていた。ウロコを見る。こちらも氷がとけた跡がない。
霞は疲れた顔で、ソファーに深く沈みこんだ。
「っはーー………」
「あんま長くは持たなかったな」
「無茶言うなよ……。つ、疲れた、今日一番つかれた」
なんか重労働で暑くなったと言って、霞は手を一振りする。おそらく自分の周りの温度だけ下げたのだろう。
「ふわー、僕こういうのはじめて見ました」
オリンは初めての経験に、頬を赤らめている。
人魚はある一つの能力を除いては誘惑系の術に特化しているため、こんな便利な力がオリンには羨ましかった。無い物ねだりだとわかっているが、それでも自分が不甲斐ない。
姉は人間の煌びやかな世界に興味を持っていた。オリンが独り立ちできる年になった時、彼女は陸に上がっていってしまった。
だが今から5日前、大阪での連絡を最後に、消息が知れなくなった。
姉と自分、たった二人で生きてきた。失踪した大切な姉を、できれば自分の力で見つけたかった。
ただガムシャラに姉を探した結果、オリンは体を壊してしまった。
意地を張るにも限界で、動かない四肢を引きずって近畿のリーダーに助けを求めた。なぜ東京の二人に話が回ったのかは、まるで理由がわからなかったが……。
彼らがひき受けてくれてよかったと思う。自分ひとりでは、いつまで経っても手がかり一つ見つけられなかったろう。
「さて。さっきの映像に、何人もの人魚が集められていた箇所があったが」
「……閉じ込められているように見えました」
オリンの顔が翳る。あれは一体どこだろう。かなり広いことろだった。このウロコの持ち主も、そこに入れられていたということか。
「水道すらない場所でしたね…倉庫のような」
「ああ。人魚は確か」
「はい、一定の水があれば、そこを通って、違う水のある場所へ移動できます」
空間的に繋がっている必要はない。
たとえプールの中へだろうが、シンクの中へだろうが、果ての北極海へだろうが、水から水へ、それこそ瞬間移動のように自由に行き来できるのだ。それが人魚の持つ一番の特殊能力だろう。
「つまり人魚の特性を知っているものが捕まえているのか………。だが一番の問題は、だ」
葉唯は霞と目を合わせる。同じことを危惧しているのを表情から悟る。
やっかいな事になったかもしれない。
「個人でアレだけの人数を集めたってのは、ちいっと無理があるな」
「VS団体かもなあ」
「え、え……?」
なんだか大きな話になってきて、オリンは戸惑う。
霞が、フと気付いた顔で、
「もしかしたらそこに、お姉さんがいるかもしれないぞ」
「あ……!」
あの画像では荒すぎて顔まではハッキリ分からなかった。そうだ、あの中にいる可能性は確かに………。
「しかし、わからんな……。それだけの人魚が消えていれば、裏で大騒ぎになってるんじゃねーか?」
「そういやそうだな…」
「んー、まっ、んなこた後だ。映像で気付いたことを書き出す。あんまり時間もねーしな、休憩したらも一度いくか」
葉唯が膝をたたいて立ち上がる。メモ用紙を取りにいくのだろう。
「オリンくんもな」
霞はオリンの頭をポンとたたいて、人の良い笑みをうかべる。
やっと、自分もなにかできる。
「………はい!」
「お、そうだ坊主。この鱗が剥がされたのはいつだ?」
葉唯はさっそく何かをメモに書き出している。
「えっと……、多分1週間前だと」
言いながら、未だへばっている霞に冷たいウーロン茶を渡す。ホテルのサービスで冷蔵庫に備え付けのものだ。
「さんきゅー、オリンくん。いい子だなあ………誰かさんと違って」
「いい子なオリンくん、オレにも茶ぁくれ」
霞のぼやきを鮮やかに無視して、葉唯はニッと笑った。横暴全開なのに何故か憎めない人だと思う。オリンは葉唯にも手渡した。
「それにしても、霞さんは雪人(ゆきびと)だったんですね」
真っ白な外見から、想像はついていたのだが。
「んん? やっぱ分かったかー」
霞は肯定して、のん気に茶をすする。その事実を本人が認めたのに、なぜか葉唯は横にゆっくり首を振った。
「ちがうな坊主」
「へ?」
「………あ、こら…!」
葉唯は見たことないようなイイ笑顔になった。
「雪男だ」
毛むくじゃらな霞を想像してしまったのは不可抗力なわけで
「………っ」
オリンは笑っては失礼だと思って、横を向いて口元を押さえる。霞のきれいな顔が赤くなった。
「〜〜おれはニュアンス的にイメージ的にビジュアル的に! その呼び方が大っっ嫌いだっ!!」
「イや俺は断固として呼び続けるね……くくくっ」
「正しくは雪人だってーの!」
何度言やわかると怒りだす霞に爆笑する葉唯。毎度このネタでからかわれているんだろう。
なんだか仲のいい二人だ。