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ホテルから出てすぐに、適当なショップに入る。
髪の色からしてとことん目立つオリンに、霞は帽子をかぶせてみる。似合わなさ過ぎても逆に目立つだろうと可愛らしいキャスケットを選んだ。うん、"アレ"もつけたし、これでよし。
霞も目立つ髪色ではあるが、今一番危ないのは人魚であるオリンだ。そもそも金欠なので、コレ一つ買うのが精一杯だったりもする。

ちなみに、彼ら雪人や人魚――おもに容姿で他者を魅了するような妖怪――は髪を染めることも切ることも出来ない。すぐに元に戻ってしまうのだ。
髪の長さからつめの長さまで、計算されつくしたように完璧な容貌。それに手を加えるとなぜか誘惑する力が発揮できなくなる。
まるで、ピースが一つでも欠ければ、完成しなくなるパズルのように。

「でも、ちょっと楽しみだなあ」
「? 何がですか?」
「いや、やっぱお姉さん綺麗なんだろーなって」
霞だって男だ。美人に会えるのは単純に嬉しい。人魚ってロマンだよなあ。
「はいっ、それはもう!自慢の姉ですから」
オリンが今までで一番輝く笑みで答える。姉を心から慕っているのだろう。霞は微笑ましく思う。
「姉弟だし、やっぱり似てるのか?」
「いえ僕なんか……!姉は世界一美しいのは間違いないですが。とくに大海を舞う姉の姿は妖精にも劣らず、誰にも見せたくないぐらい理想の」
「あっ、オリンくん、葉唯が呼んでるから行こうか!」
あ、危ない、放っておくといつまでも讃え続けそうだった。霞の額に冷や汗が浮く。

もしかして………シスコン?


外で待っていた葉唯が片手を挙げて、店を出てきた二人を呼び寄せる。ひとりひとりにメモを渡した。
彼は昼と打って変わって、日差しの下でも上機嫌だ。オリンのいる今度こそ、マジで目立つのはまずいので、抱きついてこないように彼の周囲の温度を下げているのだ。
……最初からそうすればよかったと思うかもしれないが、自分の周囲ならともかく、常に移動する相手の温度を下げるのはそれなりに難しい。
なんだか霞ばかりが疲れている気がする。能力の方向性が違うので、仕方ないことではあるが。

メモにはいつの間に調べたのか、近辺の地図と大型倉庫のある場所が記されている。
「で。映像でひっかかったのは、移った順番に、明らかに日本じゃない光景、大きな何も入っていない水槽、そして倉庫のような場所の三つだ」
「日本じゃない………なんか西欧の農村っぽかったよな?」
霞が思い出すように、目を上に向ける。
「倉庫が映った後に外国が見えたってんなら、売られたかと疑うが……。簡単に考えるなら、その人魚の故郷だろうな」
「えっと、少なくとも1週間前の記憶ですよね。それってつまり……」
「…日本に移住してから捕まったんだといいな」
「なんか急にグローバルだなあ…」
霞が遠い目をした。ヘタをすると相手は組織で、しかも世界規模で活動していることになる。
さすがにそんなものを相手にどうにかできるとは思わない。紫月さんならできそうだが。
「外国も水槽も、いまの時点じゃ推測の域は出ない。だから……」
葉唯がメモを指ではじいて、ニッと笑う。
「それぞれ手分けして、倉庫をあたる。いいな?」
「大雑把だなあ……」
ぼやきかけた霞のわき腹を、葉唯がひじでド突いた。速すぎてオリンには見えなかったのか、悶える霞にキョトンとする。
「坊主の巡るところは、少なめにしてある。病み上がりだしな。……できるか?」
「大丈夫です、……ボクがんばります!」
健気に張り切るオリンに、葉唯が「うむ」とうなずく。心なしか満足そうに見える。
そんな葉唯を霞は横目で見やる。霞が何か言いたそうなのを察し、葉唯はそれを目線で制する。
今すぐにでも駆けだしたい衝動にかられていて、オリンは二人のやり取りに気付かなかった。



三人が方々に散り、それぞれの背中が見えなくなったころ………なぜか別れたはずの霞と葉唯は、自販機の近くで落ち合っていた。
「で、はゆ、あれってどういうことだ…?」
「どうって、何がだ?」
そらっとぼける葉唯。
あれだけアイスをたいらげておきながら、まだ冷たいものが腹に入るのか、何を飲もうか自販機の前で考えている。
霞が半目で葉唯をにらむ。
「………オリンくんを囮にしたろ」
「正解」
ピンポン、と言いながら、葉唯は炭酸ジュースのボタンを押す。
霞は苦い顔だ。
「しかも、最初からそのつもりだったろ」
「何でだ?」
カシュッと音をたてて、缶のプルトップを起こす。炭酸は葉唯の好物だ。のどを焼いてすべり落ちていく感覚がたまらない。
葉唯の豪快な飲みっぷりを眺めながら、霞は首の後ろをかく。
「だってなあ……」
溜息。
「お前、オリンくんの回復を待ってたんだろ? 人魚が狙われて危険だってのに、いくら元気になったからって連れ出すのはおかしい」
霞の言葉に、葉唯は飲みながら肩をすくめた。
少年は足手まといになりかねない。3人が動いたからと言って、能率が上がる訳でもないだろう。
オリンは元病人であるし、自衛手段を持たないのだ。

「だいいち手当たりしだいに倉庫探すとか、無理ありすぎ。一体どんだけあると思ってんだ」
「坊主は気付かなかったようだし問題ないだろ」
「しかも単独行動させるし……」
「坊主は以下同文」
葉唯はしれっとしている。

全域とは言えないが、昨日と今日の午前中にかけてめぼしい場所はだいたいあたった。
確かに収穫という収穫はウロコ以外になかったのだが、二人がいつもより疲れていた理由は、暑さや人ごみだけではない。

時おり強い視線を感じていたからなのだ。

目立つ外見であるから、そんな視線を感じるのも、まあ、いつものことではある。しかし見る人が見れば、特に霞など特徴のある容姿は人外であることがバレやすいものだ。
それを特に感じた付近に3件の大型倉庫があった。オリンに渡したメモに、リストアップしてあるのがそれである。

「念のため、視線を感じたところをチェックしておけって、お前初日に言ってたしな。だから最初から、そういうところをオリンくんに通らせる気だったのかなーと、思ったわけだ」
言いながら、すっきりしない表情の霞。葉唯は最初からただの失踪ではなく、人魚を狙った誘拐である可能性も想定していたのだろう。
あくまでその場合、囮は最終手段のつもりだったがなと、葉唯はニヤリ笑う。
「時間がないからな。人魚の使い道は、せめて鑑賞用であればいいが」
ウロコは不老を、人魚の肉は長寿を与える。ウロコは剥がしてもまた生えてくるそうだが、もし食用になどされていたら………。
失踪してから日が経ちすぎている。オリンには秘密にしてあるが、死んでいる可能性も高いのだ。

「ま、オレかカスミが襲われてたら、話は早かったんだがな」
たとえ倉庫が3件ともスカでも、オリンが街を歩くことに意味がある。うまく相手がかかってくれればいいが。
葉唯は飲み終わった缶を片手でつぶし、さらに丸めて圧縮する。見慣れたもので霞は驚くこともない。
彼は鉄骨すら素手で曲げるのだ。
「うわー…、ていうか帽子買った意味なし?金の無駄づかい?」
「はん、てえことは、だいぶ後でオレの考えに気づいたな?」
そのとおりだと霞はガックシ肩を落とす。気付いたのは、わき腹をおもいきりド突かれたあたりだった。
あれは効いたと、霞はどうもまだ痛むそこを押さえた。
「さて、やるこたぁ分かってるなカスミ?」
「いえっサー」
あとはオリンの後をつけるだけ。
葉唯は原形をとどめていないアルミ缶を、クズカゴへと投げ入れた。







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