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やっと1件まわり終えた。
しかしそこは何の変哲もない倉庫でオリンは落胆した。逸る心をおさえ、バスや電車を乗りつぎ2件目を目指す。
「もし、そこなお方」
足早に通り抜けようとした商店街、オリンは横手からかけられた声に足をとめた。男とも女とも知れぬ、不思議に艶のある声だ。
「…占いはいかがかね?」
声の主は男だった。藍染の着流しに、首元や手首足首にジャラジャラとアクセサリーをつけた、年齢不詳の青年。
20代にもみえるし、30代と言われればそうかもしれない。ヴェールで鼻から上が隠れているため、判別できないのだ。
シャッターが降りた店の前で、紫の敷き布を広げ、あぐらをかいて座っている。彼の前には大きな水晶玉が一つ置いてあるのみ。
「はあ………占い師の方ですか?」
「そうさね。占い師といえば占い師だろうねえ」
……意味が分からない。
怪しいことこの上ない自称・占い師を前に、オリンは首を傾げる。
いや、それよりも急いでいるのだ。そろそろ空が茜に染まりだしてしまう。
「えと、あの、間に合っているので…」
「まあまあ…。急がば回れ、急いてはことを仕損じる、だよ」
青年がゆるりと笑う。オリンは自分でもよく分からず赤面する。目元が見えないと、こうも色香が漂うものなのだろうか。
こういう時はどうやって断ればいいんだろう。
海からろくに離れたことのない純粋な少年には、無視するという選択肢が思い浮かばなかった。
オリンは、何か断る材料はないかと辺りを見回す。
「なあに大丈夫、時間はとらせんよ」
「でもお金もあんまり持ってないです」
「ふうむ、ならお代は結構。どうだいお嬢さん?」
「………、とりあえずボク男です」
さすがにオリンも何かがおかしいと感じ始めてきた。確かにどこにも料金が書かれたものがないが、それでは商売がなりたたないはずだ。
「ああ、それとも……」
青年は今気付いたとばかりに、小首をかしげて優雅に人差し指を口にあてる。
「占いより、情報をお望みかい?」
「!」
「おや、あたりみたいだねぇ」
アクセサリーが揺れて、青年が笑うたびシャラシャラと涼やかな音が鳴る。周囲の喧騒に掻き消えることなく響く音色。占い師にしても人目を引きそうな衣装の青年に、しかし誰も注目することなく過ぎ去っていく。
さっきからいやに現実感がない。
まだ人通りがあるというのに、二人だけの空間だと錯覚しそうになる。
「一体、あなたは………」
「ペルシア湾で2件」
「えっ?」
「中国、洞庭湖で3件。インドネシア沖で3件。五大湖でそれぞれ1件ほど。その他世界各地からちらほら1件ずつ行方不明の報告があるね」
”何が”行方不明なのかを告げないまま、占い師は感情を排して述べていく。
「日本では2件。そのうち1件は、キミのお姉さん」
「………! なん…で……」
「ふふ、キミたちは横のつながりが薄くて排他的だからねえ……おかげでいつも情報集めには苦心する」
膝の上に片ひじをついて、手のひらに顎をのせる青年。
オリンは本格的に混乱してきた。どう考えても”何の”ことを言っているのか―――答えは一つでしかない。
「共通点は2つ。水を移動した後どこへ出たかが知れなくなること。そして誘拐現場を見たものはいないこと」
それは、ええと、つまり……
動転しているオリンには、与えられた情報を憶えるのが手一杯で、吟味する余裕がない。
青年が、これで全部さと肩をすくめる。
「そうそう、お代は要らないと言ったけどね、その代わりといっちゃなんだけどお願いがあるんだよ」
「……は、え、ちょ………ちょっと待ってくださ」
「伝言を頼みたいのさ」
完全にパニクっているオリンに構わず、青年はゆったりと頭のヴェールを持ち上げた。
「そろそろ律盟が動き出す。その前に片付けるコト………とね」
占い師の素顔に息を止めて驚いているオリンは返す言葉もない。 そして青年は艶然と微笑む。
「私はウィアージュ。今の言葉、大将と霞ぼうやに伝えておくれね」
オリンがハッと我に帰れば、そこにはもう誰もいなかった。
オリンは2、3度またたき、呆然として停止した頭をなんとか回転させようと必死になる。
今のは夢だろうか。いや、憶えている、現実だった。それにしてもあの素顔には驚いた。びっくりした。まさかあんな……って、それは置いといてっ。
きっちり一通り混乱したあと、オリンは焦って立ち上がる。時間がないことを、途中から忘れていた自分が恥ずかしい。
今日中に残り2件、まわりきらないといけない。
大将の意味は分からないが、流れから言って葉唯のことだろう。二人の知り合いだったのなら、情報を信用していいはずだ。
オリンは次の倉庫を目指して、商店街をあとにした。
「……おい、聞いたかカスミ」
「こんだけ離れてたら聞こえる訳ないだろ? でも消える寸前こっち見てたよな、ウィア…」
霞は頭を抱えた。ひしひしと隣から殺気を感じる。あああ、せっかく機嫌が回復してたのに……
葉唯はウィアージュと大変折り合いが悪いのだ。長い付き合いの腐れ縁であるらしい。
「何でわざわざオリンくんの方に……」
「聞くまでもないだろ、あいつの趣味だ。っは、相変わらずの神出鬼没の気まぐれっぷりだな腹立たしい」
いるんなら最初っから出てきやがれと毒づく葉唯。たしかにあの情報屋がいれば、もっと早くことは済んだだろう。
…ウィアージュの趣味とは、その、まあ、可愛い少年が困っているのを助けること………だとでも言っておこう。
オリンが移動するのを見て、しゃがんでいた霞は立ちあがる。看板にもたれていた葉唯と、ゆっくり後を追っていく。
「どうやら、世界各地で人魚が消えているようだ」
葉唯の聴覚は犬並みだ。オリンの背がかろうじて見える距離、そんなものはあってないようなもの。
先ほどの会話も、一言一句もらさず聞こえていたのだろう。
霞は眉をしかめる。
「じゃあなんで今まで、それが問題にならなかったんだ?」
「一箇所から大量に消えればなってただろうな。だが、人魚は生まれた海から離れることは珍しい。横のつながりが薄いせいで、他所でも失踪事件が起こっているなんて伝わらなかったんだろ」
「ああ…なるほど。それで発覚が遅れたのか………」
「たぶんな。それにどうやら……」
葉唯はウィアージュに対するときよりも、不穏な気配で満ちている。
「律盟が嗅ぎつけた」
「………」
めずらしく霞までも厳しい表情になる。不快な気分を押しだすように、霞は深く息をつく。
二人ともその組織に、いい思い出はない。
「……そっか。急がないとな」
「オリン次第だな」
葉唯は空を見上げた。明日には東京に帰れるだろうか。