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最後の1件に向かったころ、すでに闇の帳が下りていた。夏の透きとおる星空が、つかのま暑さを忘れさせてくれる。
次こそあたりますようにと、オリンは祈りながら通りを抜けた。町外れのためすれ違う人はいない。
「こんどこそ……!」
最後の倉庫は、もうすぐ目の前だ。

先に気づいたのは、誰よりも視覚に優れた葉唯。
「カスミ!」
「!」
視界の彼方、突然糸が切れたように崩れ落ちたオリンを、何者かが背負う。そのまま人影は柵の奥に消えた。
二人して近づき、柵の向こうの倉庫を見上げる。これで確定した。あそこが拠点だ。
人目がないのを確認して、身長よりも高い柵の上に葉唯は飛びあがる。軽業師にも出来ない芸当だったが、残念なことに観客はいない。
「ほれ、がんばれカスミ」
「おう、……って無理に決まってんだろ!」
意地悪く笑いながら自力で上がれと、手を振る葉唯に脱力。どんな時でもおちょくるのを忘れないのが葉唯である。
「…よっと、」
引き上げられた霞は葉唯を追って飛び降りる。誰かが見まわりに来たのに気づいた葉唯が、敷地内の木かげに霞を引きずりこんだ。
「さって、どうやって行こうか、はゆ」
「ふむ……」
力任せに正面突破でも構わないが、その場合確実に人質を取られる。それはいろいろと面倒だ。
依頼人を囮にしてしまった上、もし怪我でもさせてしまったら………紫月さんに殺される。

沈思していた葉唯が、顔をあげる。
「そうだな………ふた手に分かれるか」
葉唯が自身を指差し、
「オレが忍び込んで人魚たちを探す」
次に霞を指差す。
「で、合図したらお前が―――……」
「…ん、オッケー」
その説明に、霞は了解と笑顔で頷いた。そしてその笑顔のまま、葉唯に何かを見せる。
「なんだそれ」
「追跡用受信機」
「………」
「超小型の発信機、オリンの帽子とかに取り付けといた」
「……………。なるほど」
霞とてオリンが狙われる可能性が高いことは分かっていたのだ。まさか単独行動させることになるとは思っていなかったが、はぐれた時用に付けておいてよかった。
裏で手に入れたこの最新型の追跡装置は、ミリ単位で正確な位置を割りだす。電気もなかったころに比べて、世のなか便利になったもんだ。
これでスムーズに目標へたどり着けるだろう。


さあ、はじめようか。





表示されたオリンの位置と距離を記憶して、葉唯は目算で進んでいく。葉唯は異次元機械オンチでるため、受信機を持って行くことはできい。
あんな先端技術のかたまり、手にとっただけでショートする。
「ふっ」
かなり高い位置にある窓枠に飛びつき、腕力だけで自身を引き上げる。
窓の向こうに気配がないのを確認し、後ろのウェストバックから小刀と吸盤を取り出す。
ガラスに貼り付けた吸盤を左手で持ち、それの周囲に刀を円形に走らせた。キンッと澄んだ音をたてて、あっけなくガラスが切り取られて、吸盤にくっついて外れる。
霞が処分するだろうと残骸を下の芝生に投げ捨てた。ここまでたったの5秒。
葉唯は内部に飛び降りた。

侵入成功……

倉庫の中はいくつかに仕切られており、葉唯が這入ったところは物置になっているところだった。雑然と積み重なった商品の中にはウロコも大量に存在している。
………今はこれに気をとられている場合じゃない。
見上げた先は、鉄骨の組まれた無骨な天井。
倉庫内はブースのように仕切られているだけで、天井部分では全ての区画が繋がっているようだ。鉄骨をつたえばどこへでも移動できる。
しかし大型な倉庫だけあって、見上げる首が痛くなるほど天井は遠い。三階建て……いや四階建てに匹敵するかもしれない。

そこかしこに転がる木箱や壺を、積み重ね足がかりにしてを上を目指す。
不安定な足場では跳躍するわけにも行かず、届く限界まで来ると足を止めた。

「……さて、行くか」
軽い調子で、傍らの壁に両手を着け――――なんと凹凸もないのに登りだした。なんでもないように、垂直な壁をスルスル、スルスル、登っていく。
よく見ると、葉唯が通った後には、五指がめり込んだような跡が点々と続いている。
信じられないことに握力任せで登っているのだ。まっさらな壁に弾痕のような穴をうがち、そこに足をかけ、また新たな穴をうがち………

そうこうするうち頂上に達し、葉唯は鉄骨のうえに辿りついた。単調な運動に強張った体をほぐして、オリンの位置の再計算を始める。
やがて、音もなく葉唯が疾駆する。

闇に紛れた侵入者には、まだ誰も気づいていない。







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